[第1回]今、日本で一番売れているワインはコレ! ~ベスト10の半数を占める大人気チリワインの舞台裏~
新型コロナで幕を開けた2020年も、はや年の瀬を迎えた。昨年10月の消費増税による消費の冷え込みにコロナ禍が拍車をかけ、飲食店での支出が落ち込む一方で、酒類の販売金額は増加し、その好調傾向は持続しそうな勢いである。外での飲食が減った分、いわゆる“家飲み”需要が確実に増加しているのである。
年末年始シーズンの酒の消費の主役といえば「ワイン」。この傾向は総務省統計局の家計調査からも明白に見て取れる。同統計資料で、ワインの月別支出金額を見ると、11月と12月の支出金額が1年の中で突出しているのだ。
そこで、今月からスタートする当サイトの新連載『日経POSランキング』、第1回は、12月にふさわしく「今、日本で一番売れているワインはコレ!~ベスト10の半分を占める大人気!チリワインの舞台裏~」と題し、『日経POS EYES』のデータから日本で拡大するチリワインの市場とその背景を探ってみた。
1位、3位、10位が『アルパカ』ブランド
さっそく『日経POS EYES』を使って、昨年12月から今年11月まで1年間の全国のワイン販売金額のランキングを調べた結果が上の表である。実際のデータは第1位から第8635位まで表示される膨大なものだが、そのうちのベスト10のデータを抜き出している。
これを見ると、この1年間に全国で最も売れたワインは、チリ産の『サンタ・ヘレナ アルパカ』ブランド(以下アルパカ)のカベルネ・メルロ(赤)であることがわかる。さらに3位には同じ『サンタ・ヘレナ アルパカ』のシャルドネ・セミヨン(白)が、10位にも同ブランドのカルメネール(赤)がランクインしている。
この『アルパカ』というブランドのワイン。スーパー等でお酒を買ったことがある人なら、一度は目にしたことがあるのではないだろうか。シンプルなデザインのラベルと、その上に金色に輝くアルパカ(南米大陸で放牧される家畜)のシルエットがセンスがよく描かれ、売り場でも目立っている。原産国はチリで、アサヒビール(株)が輸入元となっている。扱うぶどうの種類によるラインナップも非常に豊富で、輸入元のアサヒビールの商品情報サイトからすべてを確認できる。
上のグラフは、冒頭の表データをわかりやすくグラフにしたもの。ランキングのもとになっている「千人当り金額」とは、千人の客が来店したときに、その商品がいくら売れたかを示す数値で、地域・業態の規模や収録店舗数の変動に関係なく、商品の売れ行きを計ることができる数値である。アルパカは価格が安いため、金額ベースでは差がつきにくいが、販売個数ベースでは、この差は歴然である。なぜアルパカはこんなにも売れているのだろうか。
500円で味わえる本格ワイン
その理由の1つは、その価格の安さである。いわゆる“ワンコイン”ワインと呼ばれるように、アルパカの販売価格は490円前後。まさに500円硬貨1枚で買える価格である。アルパカだけに限らず、トップ10入りしているワインの価格は、どれもこの“ワンコイン”前後の価格であり、それに当てはまらないのは、1.8Lや1.5L入りの大容量のものか、スパークリングワインだけである。
理由の2つ目は、アルパカは日本で爆発的に市場拡大をしているチリ産のワインであること。財務省関税局の統計を見ると、スティルワイン(発泡性のない通常の赤・白・ロゼワイン)の国別の輸入数量は、2006年から2015年までの10年間でチリ産が6倍以上も増えており、もはや日本市場の3割超のシェアを占めるまでに成長している。かつては、「ワインと言えばフランス」で、日本市場の約半分はフランスワインだった時代もあるが、いまやチリワインの輸入数量は、5年連続でフランスを追い抜いてしまっている。上記トップ10を見ても、アルパカの他に、『メルシャン コンチャ・イ・トロ フロンテラ』の2本もチリ産ワインなので、10本中5本はチリのワインということになる(なぜチリワインがこれほど市場を拡大したのかについては後述する)。
理由の3つ目は、アルパカのコスパの良さにあるのではないかと考えられる。換言すれば、アルパカは値段の割に味が良く、見た目が安っぽくないということ。これは個人的な感覚が入り込む部分なので断言はできないが、舌の肥えてきた人には、「安かろう悪かろう」が通用しないのが、ワインのような嗜好品の世界である。その点、アルパカは、ラベルのデザインが「新世界ワイン(※)」らしいおしゃれ感と上品さを備えており、何より味はしっかりした品質を感じさせる本格派。値段の安さと、その値段以上の価値を、日本の消費者はアルパカに感じ取っているのではないだろうか。
※伝統的なワイン生産国、フランス、イタリア、ドイツ、スペインなどが生産するワインを旧世界ワインと呼ぶのに対し、ワイン新興国であるアメリカ、オーストラリア、ニュージーランド、チリ、アルゼンチン、そして日本などが生産するワインを呼ぶ名称。
アルパカを生産する名門ワイナリー『サンタ・ヘレナ社』
ではなぜアルパカは、手頃な価格ながら、しっかりとした品質に仕上がっているのだろうか。これには訳がある。
アルパカを手がけるワイナリー・サンタ・ヘレナ社は、1942年創業の老舗名門ワイナリーで、チリワインを世界に広めたパイオニア的存在。『シグロ・デ・オロ』や『セレクション・ディレクトリオ』といった上級ワインを出す一方で、そのセカンドブランド的存在として、価格を抑えたアルパカを生産しているのである。
そもそも南米チリの気候は、ワイン作りに適した果実味と凝縮感を持つブドウ作りに適していると言われ、さらにかつてヨーロッパで蔓延し被害をもたらしたたブドウの害虫フィロキセラの害を受けなかった土地という条件も重なって、そのブドウの品質はヨーロッパでも高い評価を得ている。また、フィロキセラがヨーロッパで蔓延した際に職を失ったフランスの醸造家たちがチリに移住し、その高い醸造技術をチリに伝えたという歴史も語られている。
そのチリにあって、近年、世界のワイン愛好家が注目しているブドウの産地、アンデス山麓のコルチャグア・ヴァレー産の高品質のブドウを使用し、そこを拠点とする名門ワイナリー・サンタ・ヘレナ社が醸すアルパカに人気が出ることは、もはや何の不思議もないのかも知れない。
ワイン市場拡大へ関税撤廃続々
そのような“実力”あるチリワインの輸入数量が、近年爆発的に拡大していることは前述したが、その背景には日本とチリとの経済連携協定(EPA)による段階的関税の撤廃がある。日本とチリのEPAが発効したのは2007年のこと。そこからチリワインにかけられていた関税が段階的に引き下げられ、それに伴って、チリワインの輸入数量は拡大。そして発効後13年目となる2019年4月からチリワインの関税は完全に撤廃され無税となった。それによりチリワインの価格は引き下げられ、もとよりコストパフォーマンスの高いチリワインは、日本のワイン市場の勝者となった経緯がある。
ところが、今の日本におけるワイン市場の拡大の“舞台裏”はそれだけではない。まず2019年は日本とEUとのEPA協定の開始年でもあり、EU各国からの輸入ワインの関税も2019年2月1日から撤廃されたのである。それによりフランス、イタリア、ドイツ、スペインといった、いわゆる“旧世界”の国々からのワイン価格も引き下げられ、いまや日本はチリワインvsヨーロッパワインの戦場の様相を呈しているのだ。
さらに、米中・欧米貿易摩擦による関税による報復合戦の影響を受け、本来アメリカから中国に輸出されるはずのカリフォルニアワインや、フランスからアメリカに輸出されるはずのワインが、関税障壁の低い日本市場を求めて入って来るという異常な事態も起きている。同時に日米FTAが今年1月から発効したため、カリフォルニアワインの関税はこれから段階的に下がり、2025年には完全に撤廃されることになっている。加えて、2021年には日豪EPA協定によりオーストラリアワインの関税も撤廃される。
こうしたワイン市場への“追い風”がこれからも次から次へと吹き続ければ、日本のワイン消費はこれからさらに拡大が期待できるうえ、まだまだ日常消費の少ないワインはその拡大の余地も大きいのである。また輸入関税と同じく、日本から輸出するワインの関税も撤廃されるので、今後は日本産ワインの欧米市場進出も必然的に増えていくことだろう。それに向け、日本の酒造メーカーはすでに品質の高い純日本産ワイン製造に取り組んでいる。そう遠くないうちに、欧米で日本産ワインを味わう日が訪れることだろう。
さて、こうしたチリワインの人気の“舞台裏”を知ったうえで、このクリスマスシーズンや年末年始に、ワインを買いに出かければ、おそらく今までとはひと味違うワイン選びをきっと楽しめるのではないだろうか。あなたは“旧世界派”それとも“新世界派”。そういう飲み比べも興味深い。
最後に余談ではあるが、記者自身はチリ産ワインならではのぶどう品種・カルメネールがお気に入りである(写真上)。EPAに関しては、日本の農業保護等の観点から賛否両論があるところだが、少なくとも輸入ワインの消費という点では、ほぼ毎晩、その恩恵にあずかっている今日この頃の記者なのである。(写真・文:渡辺 穣)
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