[第29回]「水産缶詰」の販売上位は、“シーチキン”だらけ。それを除外すると、一体どういうランキングが見えてくるのか? 「伊藤食品」は缶詰界に吹き込む新風?!
G 昨年から1年以上も続くコロナ禍により、缶詰の消費が急増しているらしい。そこには緊急時の非常食や備蓄用としての消費と、家での飲食が増えたために、料理用やつまみ用としての消費という2つの側面がありそうだ。一口に缶詰と言っても、『日経POS情報POS EYES』で検索してみると、「水産缶詰」、「農産缶詰」、「果実缶詰」、「畜肉缶詰」、「デザート缶詰」、「総菜缶詰」という大分類が6個もある。この中で、最もマーケット規模が大きいのが「水産缶詰」で、例えば、日本経済新聞社が昨年1年間、全国のスーパーから収集したPOSデータで見ると、そのシェアは66%を超えている。『日経POSランキング』、今回のテーマは、この「水産缶詰」である。
《以下記事の要旨》
・「水産缶詰」マーケットは、“シーチキン”の独壇場。それを除いたランキング表を作成!
・するとランキング上位は、伊藤食品 vs マルハニチロの様相に! ところで「伊藤食品」って?
・さば缶で比較対決! “新風”伊藤食品 vs “巨人”マルハニチロの違い!
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なんと!1位から9位までをシーチキンが独占!
そこで、まず下の(表1)を見ていただきたい。 この表は、日本経済新聞社が昨年5月から今年4月までの1年間に、全国のスーパーから収集したPOSデータを、「水産缶詰」という大分類で検索し、商品別にその販売金額によりランキングしたトップ20を表している。
これを見ると、驚かされるのは表のグレーの部分の大きいことである。トップ20のうち、実に14商品がグレーで、しかも1位から9位までがすべてグレーである。このグレーの欄にある商品、それはすべて『はごろもフーズ株式会社(静岡市駿河区)』の『はごろも シーチキン』のバリエーションなのである。このデータでは、水産缶詰の販売金額の約4割が同社によって占められている。
『シーチキン』という名前も、はごろもフーズが商標権を持つ商品名で、一般的には、「マグロやカツオの油漬け、あるいは水煮の缶詰」のことである。実際にスーパーの売り場を見ても、水産缶詰のコーナーの、やはり半分くらいは『シーチキン』に占められているといっても過言ではない。つまり水産缶詰といえば、とにかく『シーチキン』だらけというのが現状のようである。そこで本稿では、あえてこの『シーチキン』は見ないことにして、それ以外の商品の上位を紹介・比較してみたい。
というわけで、今度は、下の(表2)である。こちらは、上の(表1)のランキングからグレー部分を取り去ったもの、つまり『シーチキン』を取り除いた「水産缶詰」の販売ランキング表である。
トップの『伊藤食品』って知ってる?
(表2)で、茶色に塗られた欄は、「さば味噌煮」の缶詰、水色は「さば水煮」の缶詰、一つだけくすんだ緑色の欄は「さんま蒲焼」の缶詰を意味している。この(表2)で記者が注目したことは3点ある。1つ目は第1位と第4位にその商品がランクインしている『伊藤食品』というメーカー、2つ目はカバー率、そして3つ目は平均価格である。
まず1つ目の注目点。みなさんは、ランキングトップに立つ『伊藤食品 あいこちゃん 鯖味噌煮 缶 190G』のメーカー、『伊藤食品』という会社をご存じだろうか。正式には『伊藤食品株式会社(静岡市清水区)』という会社名で、設立は昭和23年、今年で創業73年ということになる。瓶詰めや缶詰の食品の製造・加工・販売を事業内容とし、年商約52億円(2020年9月期)、従業員数約130名の規模で、水産加工大手の『マルハニチロ株式会社(東京・江東区)』の商品を見事抑え込んでの第1位獲得である。ちなみにマルハニチロは、年商約9052億円(2020年3月期 連結)、グループ従業員数も連結で1万人を超す大企業。(表2)のランキングで、第1位から第5位でつばぜり合いを演じているのは、こんなにも規模の違う2つのメーカーなのである。
2つ目の注目点は、表の一番右の欄にある「カバー率」である。これは、「対象商品の販売実績があった店舗の比率」を表す数字で、それはつまりメーカーが各店舗の棚にどの程度陳列できたかを示すものでもある。(表2)でこの数字を見ると、はっきりとした特徴が見てとれる。つまりマルハニチロの3商品だけが、カバー率75%を超える図抜けて高い数字をたたき出しており、それに対し伊藤食品の2つの商品のカバー率は40%そこそこ、第6位の極洋株式会社(東京・港区)の『極洋 さば水煮 EO 190G』に至ると、カバー率はわずか19%しかないのだ。
3つ目の注目点は、「平均価格」である。こちらもかなり特徴的な数字が見て取れる。というのも、マルハニチロの商品は、他の商品よりもかなり価格が高い設定になっているのだ。例えば、第1位と第5位の商品は、どちらも同じ「さば味噌煮」の缶詰である。内容量は、第1位の伊藤食品の方が、少し少なめの190G、第5位のマルハニチロは200Gではあるが、それを差し引いて考えても、175.4円と264.9円の価格差は非常に大きい。同じ事は第3位と第4位の「さば水煮」の缶詰についても言えている。マルハニチロの缶詰は、かなり高いのだ。
伊藤食品の缶詰の魅力
さてそこで、このような状況をふまえて、なぜ伊藤食品の缶詰が、マルハニチロの缶詰と堂々と上位争いで渡り合っているのか、その理由を考察してみたい。何より売り場に行くとすぐに気が付くことだが、伊藤食品の缶詰は、まず「缶のデザイン性」に優れているのである。上の写真のように、シックな色彩と大きな文字を組み合わせた缶のデザインは、売り場でもひときわ目を引く。それに比べ、水産加工大手の缶詰の缶は、良くも悪くも、昔ながらの“いかにも”というデザイン。どこか大漁旗を掲げた漁船のようなイメージの缶ばかりである。伊藤食品の斬新なデザイン性は、特に若者や女性消費者にアピールしそうである。
伊藤食品は、デザインだけでなく、ブランディングも優れている。上の写真のように、同社は「あいこちゃん」という女の子をブランドマークとして使用。「この女の子の様な子供たちのために、美味しくて安全な缶詰を製造する」という企業理念は、食の安全に意識の高い層、特に子育て世代には大いに受け入れられるだろう。
デザイン性が高く、美味しくて安全な企業コンセプトを「あいこちゃん」という女の子のキャラクターでアピール。しかも値段がリーズナブル。こうした戦略の積み重ねで、“小さな”缶詰メーカー・伊藤食品は、業界の巨人マルハニチロの強さに立ち向かっているのである。カバー率の低さを、デザインやブランディングのうまさで補い、水産缶詰業界に新しい風を吹き込んでいる。営業力の弱さを補うことを考えれば、当然、SNSを活用したメディア戦略やネット戦略も考えていることだろう(上写真参照)。
伊藤食品vsマルハニチロ さば対決!2番勝負
本稿の最後に、(表2)の上位争いを繰り広げている伊藤食品とマルハニチロの缶詰の食べ比べ「2番勝負!」の結果を表にまとめたので、缶詰を選ぶ際の一助にしてもらえれば幸いである。
1,さば味噌煮対決
「さば味噌煮」の勝負は、原材料表示の違い、そして価格差、好みが分かれそうなマルハニチロ缶の「生姜の風味」で決まりだろう。この“下克上”とも言える順位差は、こうして比較してみると納得できるものである。
2,さば水煮対決
「さば水煮」の勝負は、商品性にさほどの差を感じなかったことから、伊藤食品の価格有意性が際立つ。それでも順位がマルハニチロが上にあるのは、やはり「カバー率」の差だろうか。とにかくマルハニチロの缶詰は、どのスーパーにも置いてあるが、伊藤食品の缶詰は、置いてないスーパーが多いのである。とはいえ、大手に対して、こうした小さなメーカーやPB商品などが戦略的に販売すれば、少しずつ大手の牙城を崩していけるのだという見本を見せてもらった気がする。伊藤食品の缶詰は、今後も要注目である。(写真・文/渡辺 穣)
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